Rasen-Kozue 11-kill the killing
Rasen Kozue / chapter2 - Aria (4)


act:11-死裂


 突然施設内に響いたもう一つの騒音に、庚は思わず振り返った。
「…見つかったか」
 小さく嘆息、再び施設の奥へ足を進める。
 口碑、不可解な奴だ。庚は細心の注意を払いつつ、思考を始めた。かつてはアルトアイゼン専属の回収者だったらしいが、後に姉である研究士のリィナと共に反逆し、その結果、アルトアイゼンの本部を崩壊させることが出来たが、その代償に姉を失った――。
 彼らは、この世界を「終わらせる」つもりだったらしい。その点では、私と彼らは良く似ている。何故そうしようとしているのか、庚自身もはっきりとした理由は解らないが、目が覚めた最初の記憶が「それ」だった、つまり、庚がこの惑星を終わらせようとしているのは本能に拠る行動だといって相違ない。ならば、彼等は?
 この惑星を終わらせることは即ち、この惑星に住む全生命を殺すということだ。勿論、その中には彼等自身も含まれている。アルトアイゼンに一時的とはいえ所属していた――それすらも策略だったのかもしれないが――彼等が、そんなことをするだろうか。それとも……。
 それとも、彼らも本能に拠る行動だというのか。
 そこまで辿り着いたところで、庚は巨大な扉に進路を塞がれた。ドアノブには物々しい鎖が絞められ、厳重に閉じられている。
(……何かあるのか)
 庚はハンドガンを抜き、ノブに慎重に狙いを済ました。
三度、発砲。鼓膜をつんざくような凄まじい音が響く。鎖は熱と衝撃とで断ち切れ、ドアノブは首を傾げた。
 半壊したドアを慎重に押し開くと、隙間からは広い部屋が覗いた。物音は少しもせず、只々空間が広がっているだけだった。
 庚は注意しながら部屋の中へ歩を進めた。。床には大量の鉄屑が散乱している。庚はその中から一つ拾い上げてみたが、損傷が激しくそれが何だったのか知ることは出来なかった。
 しかし、本当に何もない部屋だ。他の部屋へ通じる扉すら無い。庚は暫く辺りを見回していたが、諦めて元来た道を引き返そうとした――その時。
 奥の鉄屑が崩れて大きな音を立てる。庚は慌てて振り返り、そこに、信じられないものを見た。
 宙に浮く、翼を持った人型の機械。
「義体……!」
 それに応えるかのように、義体はぎぃ、と短く啼いた。

 通路の角、口碑はこちらに向かってくる影を見つけた。隠れられそうな部屋は近くに無い。口碑は影が角を曲がろうとする正にその瞬間、低い体勢を維持したまま飛び込んだ。賊の男の腹部に肩から当たり、そのまま突進する。男たちは複数で警備を強化していたらしく、残りの二人も重なるように口碑に押し倒された。男たちは何が起こったかもわからないまま、身を起こそうとした。
 同時に、二度の発砲音。先頭の男が頭から血を吹き、再び床に倒れこむ。残る二人も、悲鳴を上げながら必死で逃げようとする。口碑は先頭の男が持っていたマシンガンを拾い上げ、二人に向け掃射する。背中に何発もの弾丸を浴びた男たちは、呻き声を上げその場に倒れた。口碑は新しいマシンガンを拾い上げると、今も血を流し続ける死体を背にした。
 口碑は荒く息をつきながら通路を進んでいく。――流石に、疲労が激しい。あれから立て続けに戦闘が起こっている。少なくとも、既に二十は死体を見た。アリアが戦闘を続けている相手も、銃声から判断すると十数人はいるはずだ。しかも、未だその銃声は絶えることは無い。
 只の盗賊にしては数が多すぎる。それに、彼らの潤沢すぎるほどの装備。果たして、強盗行為を繰り返すだけであれだけのものが手に入るだろうか。
 ふと、口碑の頭にある考えがよぎる。しかし、「――まさかな」すぐにその考えを自ら否定する。そんなことが、ある訳が無い。
 口碑はなおも歩を進める。やがて道を塞ぐように現れた鉄製の扉も、寸分の迷いもなく蹴破った。
 扉は本来の使われ方をせずとも、異端の来訪者を室内に案内するという立派な仕事を成し遂げた。口碑はその上を踏み越えて部屋へ入り込み、気が抜けるほどの静寂がそれを迎え撃った。
 もうこの部屋には誰もいないようだ。そして、それはつまり口碑の探している標的――グランディスは、ここではないどこかにいるということを示していた。
 口碑は部屋を出る前にこのある意味「異質な」部屋を見回した。――この部屋は、どうやら他のものと少しばかり様子が違う。これまでの部屋の倍はあろうかと言う程の広さ、薄汚れてはいるもののこの世界では滅多に見られない絨毯、壁にかけられた額縁など、閉鎖されたこの世界には似合わない程の生活臭を感じた。
 妙な違和感を感じつつも、口碑が部屋を後にしようとした正にその瞬間、部屋の最奥部、大型の机が、がたん、と音を立てた。弾けるように振り返り、銃口を向ける。反応は無い。
 口碑は決して銃口は外さず、しかし考える。今までの奴らとは、明らかに様子が違う。何故自分がそこに居ると気付かれているにも関わらず、出てこないのか。まさか、気付かれていないとでも思っているのか……。それとも、気のせいか。確かに疲労は溜まっている。しかし、さっきの音はとても気のせいとは――。
「おい」
 口碑は、自分でも何をやっているのか理解し難かった。彼は、机の向こうにいる「何か」、それも九割九分敵であろうものに、話しかけたのだ。
 しかし、反応は無い。
「いるんだろう。出て来い。さもなければ撃つ」
 やはり、反応は無い。やはり、勘違いだったのか。僅かに逡巡する。
 銃声が静寂を破った。弾丸は机を貫き、木の破片が中に散らばった。そして同時に、しわがれた男の悲鳴。それを確認した口碑は、銃を構えたまま声の元へ突き進んでいく。道を阻む机や椅子は強引に足で蹴飛ばした。そして遂に、最奥部の机の目前へ辿り着く。クロスがかかっている為に、向こう側は見えない。口碑は、それも蹴り飛ばした。  再び、悲鳴。それは人間の、男のものだった。こう言うのは、口碑がそこに見たものが、男か女か、果ては自分と同じ生物なのか、それすらもすぐにはわからなかったからだ。
 頭を抱え、怯えたように震える猿の様な生物がそこに居た。
 その異様な光景に息を呑んだ口碑は、その見慣れぬ生物に、自分はどう対処すればいいのかを考えた。その猿に似た生物は、逃げようとする素振りすら見せずに、依然小さくなって震えている。
 撃つべきか――。この生物は今のところ、自分たちの脅威になるとは思えない。しかし、これはただの「フリ」で、懐中に何かを隠し持って、虎視眈々とその時を待っているのかもしれない。
 撃たぬべきか――。もしこの生物と話が通じるのなら、それはこの得体のしれない拠点において、貴重な情報源と成り得る。通じないにしろ、幾らでも利用する手段はある。
 トリガーに指をかけたまま、口碑は考える。果たして、自分はどうするべきなのか、と。
 即座に左手をハンドガンから離し、生物の手首を捻り上げる。悲鳴を上げ、それは暴れようとしたが、喉元に銃口を突きつけられると静かになった。その醜い顔を、口碑は睨み付ける。そして、静かに、重く響くような声で告げた。
「暴れるな。音を立てるな。余計なことは喋るな。――俺の、言うことにだけ、答えろ。いいな」
 慌てて頷くそれ。どうやら、言葉は通じるようだ。口碑はその様子を見ると、再び口を開いた。
「まず始めに、お前は何者だ」
 この施設を利用している賊のこと、そしてその首魁グランディスのこと、他にも聞くことは多くあったが、口碑はまず、今まさに直面している謎から解決していくことにした。当然、言うままを全て信用するわけにはいかないが、それでもそこから得るものは大きいはずだ。
「う……つ、わ」
 たどたどしい口ぶりで、それは一言だけ答えた。どうやらそれは、「うつわ」と言ったようだ。
「うつわ……? 何のことだ」
「わた、し……は、いらないものを……あつ、めた、のこり」
 次々と、意味のわからない言葉をうわごとのように呟く。口碑は舌打ちすると、理解しようとすることを放棄した。
「くそ、もういい。次の質問だ。お前らの親玉は、グランディスはどこにいる?」
 単刀直入に、そのままを聞く。思っていた以上に、この生物は役に立たないようだった。先の舌打ちは、こんなものに少しでも期待した自分への卑下といったものが含まれていた。
「……?」
 さっきとは違い、なかなか口を開こうとしないそれに、口碑は銃口をきつく押し付ける。
「どうした、早く……」
 そう促した、その瞬間に。
「わたしが、ぐらんでぃす」
 口碑は、それが何を言ったか、一瞬わからなかった。頭の中で様々なものが行き交い、真っ白になっていくのを感じた。
次の瞬間には、口碑はそれを殴りつけていた。
それは、絨毯に転がった。身に纏っていたぼろ切れが、床に落ちる。たるんだ皺だらけの肌が露わになる。
荒く息をつきながら、口碑は慌てて銃を構えた。自らをグランディスだと名乗ったその生物は、床にうずくまり、すすり泣いている。
「どういうことだ……答えろ。……答えろっ!!」
 その叫びに、「グランディス」は身を震わせる。顔だけを口碑に向けて、震える唇で、言葉を紡いだ。
「わたしも、ぐらんでぃす。いらないものの、うつわ」
 意味がわからなかった。
口碑は今一度、アリアに渡されたグランディスの顔写真を思い出す。そこに写っていた精悍で無骨な男の顔は、今口碑の目の前にいる猿とは、似ても似つかないものだったはずだ。だが、これは、確かに自分を「グランディス」だと言っている。只の妄言か、それとも真実なのか。口碑は、それを判断することが出来ずにいた。
「わたし……は、てんごく、けいかくの、せいか」
 そうしているうちに、「グランディス」が再び口を開いた。「天国計画」と、口碑にも覚えのある言葉を口にしたのだ。
そう、それはついさっき目にしたものに違いなかった。
「プロジェクト・ヘヴン」。この拠点の一室に落ちていた資料に記されていた、一言の不可解な言葉。
「グランディス」がそれを口にしたとき、或いは、それを目にした瞬間から――。
口碑が問うべきことは、決まっていたのかもしれない。
「プロジェクト・ヘヴンについてだ――教えろ。隅々まで、事細かに、だ」

 機銃の掃射が、足元の鉄屑を巻き上げる。
「――っ」
 体を捻り地面を転がりながら、どうにか直撃を避けつつ、庚はハンドガンを義体に向ける。鳥の翼のような大型のスラスターを装備した義体は、その場にホバリングしながらただ闇雲に機銃を撃ちまくっているだけであり、ほぼ静止したそれの機関部を撃ち抜くことは、庚にとってはそう難しいことではない。
義体が啼く。慌てたように掃射をやめ、回避行動に移ろうとしたが、その隙を庚が見逃すはずもなかった。即座に、炸裂音が二度響いた。銃口から吐き出される二発の弾丸。弾丸は、それぞれ左右のスラスターを撃ち抜いた。スラスターユニット全体が爆発を起こす。
爆風で鉄屑が吹き飛ぶ。庚も飛ばされそうになったのを、どうにか堪える。
「――!」
 爆風と粉塵の向こう側に、迫ってくる影を視認する。見る間にその影は大きくなり、煙を突き破ってきた。
義体だ。スラスターユニットは破壊されたものの、本体に大した損害与えられなかったようだ。舌打ちし、ハンドガンを構え――ようとしたが。
獅子の様に飛び掛った義体は、その猛禽じみた嘴を開き、庚の右手に――ハンドガンを構えた方に――喰らいついた。
そのまま地面に引きずり倒される。「ぐ、う」背中を強く打ち、庚が呻く。
義体はその身を捻らせ、庚の腕に喰らい付いたまま、頭を逆方向へ振り払った。庚の体は容易く宙に浮く。そして、再び鉄屑の海へと叩きつけられた。獲物をぼろぼろに砕くようにして止めを刺そうと、義体は庚を再び振り上げる。
――が、庚の体は叩きつけられることはなかった。庚の体が宙に浮いた瞬間、義体が刺すように短く悲鳴を上げ、長らく庚の腕に喰らい付いて離さなかった嘴が開かれ、庚は宙に放り出された。
義体の側頭部に、鋭い、棒のようなものが突き立てられていた。頭部からは義体の体液とオイルが噴き出し、そしてそれは庚の左腕にも付着していた。 この「攻撃」は、庚が咄嗟に起こした行動だ。
鉄屑に叩きつけられた時に、庚は空いていた左手の近くにあった棒状の鉄屑を掴み、そして再び宙を舞った瞬間にがら空きになっていた義体の側頭部に鉄棒を突き立てたのだ。
義体は激しい損傷を負った頭を抑えながらも、もう一方の腕を庚に向けて振り上げた――が、庚は空中の不安定な姿勢のままに、背中のガンケースに手をかけていた。
瞬間的にロックを外し、ガンケースが口を開いた。
そして、その中から「隔離兵器」と呼ばれる鈍色の長銃が姿を現す。
「チェック・メイトだ」
 左手でそれを構え、義体の鼻先に突きつける。トリガーを引き絞り、プラズマライフルが甲高い音を上げて啼きながら、青白い炎を吐き出した。
義体は身じろぐことすら出来ずに、体の大部分を蒸発させた。
頭から鉄屑に落ちていく庚。それと同時に、義体の溶け残った四肢も崩れ落ちた。
庚はゆっくりと起き上がり、義体の残骸を見下ろす。そして暫くの後に、「ふん」と息を吐く。
「一介の賊の拠点に義体、か。……これは、どうやら思っていた通りのようだ」
 そう、意味深げに呟くのだった。

「もう、粗方片付いたぞ」
 死屍累々、といった風な死体の行軍を背に、アリアはそう何者かに告げる。広い部屋だ。寝具や椅子や机等、生活用品の類が辺りに設置されていることから、どうやらここが賊の生活の中心の場となっているようだ。そしてその部屋の最奥部に、一つの影があった。
「部下たちに任せっきりで、大将は天辺で高みの見物か? グランディス」
 ――と。
ぱち、ぱち。
影が、手を打った。ゆっくり一歩ずつ、アリアの元へ歩み寄ってくる。暫くするうちに、影で覆われたそれが、姿を現した。
浅黒い肌に、逆立てた金髪。不敵な笑みを浮かべたその男は、写真に写った男そのものだった。
「素晴らしい手際だ。アリア」
 皮肉ではなく――少なくとも、表面上では――グランディスがそうアリアに言う。
「部下の殆どを殺されておいて、よく言うものだな」
 対するアリアは呆れ気味に答える。それを聞いたグランディスは、口角の吊り上げをきつくする。
「まあな。部下たちが幾ら殺されようが、別に構わないものな。俺の目的は、それとは全く別なものなのだから」
 へえ、とアリアは相槌を打った。
「別なものか」
「ああ。もう、済んでいると言い換えてもいい」
 グランディスの表情は、とても嘘を吐いているようには見えない、ある種「爽やか」とも言えるものだった。
「それに、それはお前にも言えることだろう? アリア。……ふ、辺境の集落の守護者、か。笑わせるものだ」
「勘違いするな。私はあの集落のものたちを軽視している訳ではない。お前と一緒にするな」
 グランディスが笑う。
「その口振り――否定する気すら無しか」
 アリアは対照的に無表情のまま。
「否定する必要がない。ああ、確かにその通りだ。私も、手段と目的が逆転していた所があった。『集落を守る為にお前たちを潰す』のではなく、『お前たちを潰す為にあの集落を守る』んだ」
 銃口をグランディスに向ける。照明の鋭い光が反射し、鈍い光りを放つ。
「アルトアイゼン製六連発廻転弾装式拳銃――リボルバーか。よくそんなもので生き残ってきたものだ。過去の遺物だな」
「死んでも離さない愛銃だ。相性抜群でな」
 親指で撃鉄を起こす。照準装置を通してグランディスを見据える。
「俺を撃つのか? 『俺たち』を敵に回すことになるぜ」
「構うものか――」
 歯軋りの音。引き鉄にかかる指に力を込める。
「私は、お前らが御仕えする『アルトアイゼン』様のやり方が、気に食わなくてしょうがないのさ」
 撃鉄が落ちる。

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